どちらかと言えば、つぶあん派です。

はじめまして、よっさんと申します。1982年、広島県生まれ。「あひるの空」とゆずの「夏色」とチキン南蛮を愛する一児の父。瀬戸内を盛り上げるために日々奮闘するも、泳げないのがタマニキズです。

【嫁の誕生日】

2020年も師走に入り、街も慌ただしくなってきた。
クリスマスのイルミネーションが夜を彩る傍らで、並行して正月のお節料理の広告が並ぶ様はまるで世間全体が二枚舌を使ってみんなを騙しているようだ。
世間的にも忙しい師走の月だが、陽介の家は世間以上に忙しくなる。妻ともうすぐ4歳になる息子を含めた3人家族は誕生日が全員12月なのだ。クリスマスも合わせると月に4回ケーキを食べるチャンスがあり、プレゼントやイベントを何にするか考える必要がある一方で、加えて年末の準備もしないといけない。

それに加えてどの仕事も年末に向けては仕事が忙しくなる。
陽介も例外ではなくて帰りが遅くなる日が続いており、12月になってからは妻の晴香に息子の翔大の保育園の迎えを頼むことが多くなっていた。一方で、晴香は晴香で仕事は忙しいものの、夏場の大変な時は陽介が助けてくれたこともあって、この時期は翔大の迎えに率先して行っている。だから晴香にも大きな負担がのしかかっていた。

「あー、間に合わなかったか。」と既に閉店時間を迎えた駅の花屋の前で陽介はため息を吐いた。陽介は毎年、晴香の誕生日にこの花屋で花束を買って帰ることにしているのだ。そして花束を買って帰るのは決まって晴香の誕生日の前日。
それは晴香が誕生日の朝を迎えたとき、まずはそこに花のある生活を迎えさせてあげたいという陽介のこだわりなのだ。しかし、今年は仕事が忙しくてそれが叶わなかった。
そんな陽介の横をカップルが楽しそうに通り過ぎて行った。まるでB'zの楽曲「いつかのメリークリスマス」のように。


『今日はもう帰る。じゃけぇ、スシローか王将に行く? まぁ誕生日の食事がそれでいいのかはあるけど。』

晴香の誕生日当日の夕方、陽介はLINEを送った。
前日までに山場だった仕事をいったん終わらせ、この日も少しの残務処理はあったものの早く帰れそうだったのだ。仕事は他にもまだまだあるものの、残業続きだった今週一週間を考慮して晴香の誕生日でもあり金曜日でもあるこの日は早く帰ることにした。

「すみません。今日は嫁さんの誕生日なので帰ります。」と同じグループのメンバーに言うと「おっ、いいね。なにかプレゼントあげるの?」とグループリーダーの遠野が聞いてきた。
面倒見のいい遠野は自分でも仕事をしながら部下のマネジメントもできるプレーイングマネジャー、かつ話題の幅が広く、ウイットに富んだ会話もできるのでメンバーのみんなから慕われている。
「花を買って帰ろうと思っています。あとはどこか食事に行こうかなと。まぁ、スシローか王将なんですけどね(苦笑)」とはにかんで陽介が答えた。
「まぁ、小さい子どもがいるとそうなるわな。じゃ、早う帰りんさい。お疲れ!」といって遠野は陽介を送り出した。

職場を出た頃、『ありがとう。それでいいのかはさて置いて私もこれから帰るね。』と晴香からLINEが来たので『じゃあ、俺が陽介を迎えに行くわ。』と返して陽介は保育園に向かった。


陽介と翔大が家に帰ってから15分くらいして晴香が帰ってきた。
「あー、疲れた。長い一週間だったー。」と言いながら晴香はジャケットをソファーに投げる。
「お疲れ様。夕飯どうする?」
「うーん、外にでるのもたいぎなけど、私ぐりぐり家に行きたいな。」
「あーでも、今からじゃとかなり遅くなるんじゃない? まぁ電話してみようか。」

ぐりぐり家は陽介の家から車で5分の好立地にあるが、いつも混んでいて特に金曜日の夜などは予約なしでは入れることは少ない。しかし陽介が電話をしてみると幸いにも30分後には席が用意できるとのことだった。
「やったー。じゃ私、翔ちゃん着替えさせて箸とか準備するわ。」と晴香が言うので、「じゃあ、俺は一旦洗濯物を取り込んでくるわ。」と言って陽介は2階に上がっていった。

窓を開けてベランダに出ると寒い空気が陽介にまとわりついてきた。さすが12月の夜ともなると寒い。陽介はブルッとしながら洗濯物を取り込んで1階に降りた。
リビングでは翔大にYou Tubeを見せながら晴香が準備をしている。最近、You Tubeで消防車の映像を見るのが翔大のブームなのだが、この日は何かの音楽が流れている。
おそらく見ていた映像が変わって自動で次の映像が流れ始めたのだろう。
その流れている唄がふと気になって「これ誰の唄?」と晴香に聞いた。
「誰だっけ?」と言って晴香がチャンネルをいじってみると、そのYou Tubeのページの名前が出てきた。
菅田将暉くんだって。」
「へぇ、そうなんだ。」


ぐりぐり家に着くと10分ほど待って席に案内された。
最初に受注をした店員の男性はとてもよく笑う人で、翔大にも気さくに話しかけてくれた。注文が終わり定員さんが帰っていったので「よく笑う人っていいよな。」と陽介が言うと「ねー、気分がいいよね。」と晴香も答える。
笑う門には福来るとはよく言ったもので、晴香の誕生日によく笑う定員さんに出逢えたことで楽しい焼肉のスタートができた。そして陽介も晴香も翔大も箸が進む。
陽介は肉が、晴香はアルコールが、翔大はジュースとデザートがいつもよりも多く、お腹に入っていった。
新型コロナウイルスの影響で昼のランチも出歩くことが少なくなり、太ってしまった陽介は今ダイエット中だったが、今日だけは、晴香の誕生日の今日だけは気にせずに焼肉を楽しもうと心に決めて焼肉を口に運んだ。
終始、笑顔で進んだ誕生日の焼肉を終えて家に帰ったときには普段なら翔大は寝ている時間。案の定ウトウトしている翔大を見て、晴香はアルコールも入ったこともあって「私、翔ちゃんともう寝るね。お風呂は明日の朝にするわ。」といって、歯を磨いて2階に上がっていった。
陽介はというと、飲み会などでどんなに酔ってもお風呂は入って寝る性格であり、また遅い時間に焼肉を食べたこともあって少し起きておくことにした。録画されたテレビを見たり読書をしたりしながら少し体を休めてから風呂に入る。
風呂に入っても読書をしながら半身浴をするなど長めの風呂に入って体を労り、ようやく2階の床に就いたのは日付が変わって午前1時だった。

(あー、遅くなってしもうたなぁ。)

そう思いながら布団に入ったところで陽介は、そう言や・・とスマホYou Tubeを開いて検索をかけた。
出てきたのは菅田将暉Official Channelの「虹」。
ぐりぐり家に行く前に翔大が見ていたYou Tubeで流れていた唄だ。
陽介はイヤホンを付けてその唄を再生した。


泣いていいんだよ そんな一言に僕は救われたんだよ


という歌い出しで始まるこの唄と、小さい子どもを育てる夫婦の映像に陽介はどんどん引き込まれていった。産まれたばかりの子どものオシメを変えたり離乳食を与える母親(古川琴音)や、子どもを抱っこしたりミルクを上げながら寝てしまっている父親(菅田将暉)が流れる映像を見て、陽介の頭の中には翔大が産まれた時のことやその時の晴香が本当に喜んでいる顔が浮かんでくる。

映像が記憶を呼び戻し、唄の歌詞がそれを加速させる。
そして唄はサビに入った。


一生そばにいるから一生そばにいて
一生離れないように一生懸命に
きつく結んだ目がほどけないように
かたく繋いだ手を離さないから


晴香と翔大が寝ている隣で、陽介の目に涙が溜まる。
歳を取ると涙もろくなるのに間違いはないが、それでも唄で泣いたことは数えるくらいしかない。以前に泣いたのもいつだったか思い出せないくらいだ。
それでもこの唄の歌詞にある「パパの泣き虫は」というフレーズそのままに、陽介は涙を流した。
そして深夜にも関わらず、この唄を何度も何度も繰り返し聞きながら、陽介は眠りについた。


一生そばにいるから
一生そばにいて


隣で寝ている晴香や翔大に聞こえない声で、そっと口ずさみながら。