どちらかと言えば、つぶあん派です。

はじめまして、よっさんと申します。1982年、広島県生まれ。「あひるの空」とゆずの「夏色」とチキン南蛮を愛する一児の父。瀬戸内を盛り上げるために日々奮闘するも、泳げないのがタマニキズです。

言い換えの話

Twitterと掛けまして、仮面ライダーと解きます。
その心は、『どちらも返信(変身)が付き物です。』
こんばんは。


コップの半分くらいまでジュースが入っていた時に「半分しかジュースがない」というか「半分もジュースが」あるというかで、印象がだいぶ変わってきます。
また、「大学生が夜の店でバイトする」のと「夜の店で働きながら大学に行く」でも印象が変わってきますね。
世の中には言い換えによって、イメージが大きく変わってくることがよくあって、商品で言うても伊藤園が「缶入り煎茶」を「お~いお茶」に変えてから爆発的にヒットしたっちゅう例もあります。

最近、わしの中でもそんなことがありました。
何かをする時に「気合」とか「根性」とかでやるという表現をよく聞きますね。
例えば、「どうやって痩せたの?」と聞かれて「気合で痩せた。」とか、勉強を"根性"で頑張ろうとか。
ざっくりまとめて精神論になるんじゃけど、具体的な方法が無くて判断に困るんよな。

良案を聞いた時に「根性だよ。」って言われたら、「いやいや、そうじゃなくて!」と声高らかにツッコんでしまいそうじゃし(笑)

それを言い換える言葉でいいのを思いつきました。
それが「力業(ちからわざ)」。

例えば冬の早起きは辛いけど、「力業で起きよう」と心に決めるとなんだかできるような気がするんよな。少なくても「根性で起きよう」と思うよりも成功しそうな気がするし。
ほんで、それが何でなんかなと考えてみたわ。自分なりの根拠がないと説得力がないけぇなぁ。
そもそも力業の意味って「体力でなんとかする」っちゅう意味があるんよ。まぁ、もともじゃね。世間一般でもその意味で使われとると思うし。
一方で字は違えど「わざ」と聞くと技術を連想させるんよね。ほんで「わざの力」となると「○○力」という世の中に出まくりまくっている様々な能力を連想されるんじゃわ。

つまり、力業で早起きをするというと、体力と技を使って起きるっちゅうイメージになるんよね。
これが根性で早起きをするというと心を使って起きるっちゅうイメージになる。

ここまで来たらわかりますよね。

心技体なんじゃわ。

根性は心技体のうち「心」を使っとるのに足して、力業は「技体」を使っとる。
この3つはどれか一個でも欠けると成り立たんのじゃけど、そのうち力業は2つを使っとるんです。じゃけぇ、「根性」や「気合」を使うよりも「力業」を使った方が成功に近づくと思うんじゃわ、これが。

っちゅう訳で、何かやろうと決心をする時は力業でとりかかろうと思います。


まぁ、ホンマは「力技」と書きたいけどこれは日本語的に誤りらしく、「造語じゃ!」と口を酸っぱくして説明しても「いやいや、間違えたんじゃろう??」とかまいたちのネタのようなやりとりになりそうじゃけぇ、「力技」を使うのは諦めます(笑)


わっしょい(・∀・)ノ


そんなこんなで今日は
絶望グッドバイ/藤井 隆

なぜか急に聞きたくなった。
「自分の生き方を変えない君が好きだよ」
松本隆さんと筒美京平さんの世界観が満載ですわ。

金沢大学 彩-IRODORI/2019 彩賀

どまつり2020(テレどまつり)の映像を見ました。

加賀という土地の壮大な世界観が出ていて楽曲も良かったです。一方で気になったのがカメラと踊り子の距離ですね。もう少し近くで演舞しても良かったのかなと思います。
学生チームの専売特許である笑顔が映らないのはもったいないなと感じました。

『まっぷる信州 21』

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学生時代は長野県で生活していたのですが、知識もお金も無かったので県内を巡ることはあまりありませんでした。
今思えばもったいないですね。それくらい魅力が詰まった場所なので、当時の後悔もあってまっぷるを買いました。

生活していた松本に加え、長野・上高地・諏訪などは行ったことがあるのですが、小布施、戸隠、野沢温泉などに行ったことがないのでここらが気になりました。

小布施堂本店のモンブラン、小諸の旧脇本陣を改装した宿泊施設&カフェの粂屋や戸隠そばなどなど。

また全体的に魚が好きなので海の食の方が魅力的だと思っていましたが、そこは流石の山国信州。高原野菜を使った色とりどりの食事は心を奪われましたね。

他にも高遠城址公園の桜、奈良井宿阿智村の星空に白馬の絶景など、信州を存分に満喫するにはいくら日にちがあっても足りないような気がします。

Twitterの話

転校と掛けまして、結婚式と解きます。
その心は、『どちらも心労(新郎)が付き物です。』
こんばんは。


社会派ブロガーのちきりんさんが「Twitterはなぜくそリプが多いか」についてコメントされていました。
ちなみに「くそリプ」とは、くそみたいなリプライ(返答)のことで「いやいや、そういうことじゃなくて!」と言いたくなるようなコメントのことですわ。

簡単に言うとTwitterは140文字制限があるため、限られた文字数の中で伝えたいことを発信する必要があります。そのためには言葉を端折ったり(←「はしょる」ってこう書くんじゃなぁ)、「これは知っとるじゃろう」っちゅう前提で書かなかったりしながら、まとめる必要があるんでやんす。・・・やんす!?
ようは、みなまで言うな的なルールである程度は暗黙の了解みたいな感じで発信するんじゃけど、それが人によっては1から10まで言わないとわからない人もおって、そういう人からのくそリプが多いのだという結論でした。
反対にインスタグラムやFacebookはこの140文字制限が無いけぇ、くそリプもTwitterと比べると少ないということです。まぁ、Facebookは少し毛色が違うけどね。

一方で140文字制限にもいいところはあって、わし自身もTwitterを使うときは140文字の中にどうまとめようか考えながら発信しとるんじゃけど、要約の練習になるなぁと思ってます。実際に他のSNSでは文字制限がないけぇ言いたいことが言えるんじゃけど、Twitterだけはそうもいかんもんなぁ。
発信内容によってSNSを使い分けとるつもりじゃけど、それでも無意識ながらに文字制限も踏まえて使い分けをしとるんじゃなぁと改めて思いました。

そして、何より感じたのがそもそもで「Twitterはなぜくそリプが多いか」という疑問を持つこと自体が凄いなと。わしはそういう視点は今まで無かったなぁ。
少し論点がズレるかもしれんけど、著名人のTwitter投稿が炎上しとるっちゅうニュースをよく見ます。それ自体がなぜ起こっているかはあまり考えたこともなく、日常的なものとして「また炎上ニュースか」と思いながら見とったんじゃけど、ちきりんさんのこの視点を聞いて、おそらくこれも140文字制限によるものじゃろうなぁと思いました。
ようは炎上を起こすような人に対して、圧倒的に言葉が足りないと。

ほんなら、何で言葉が足りないのかというと、これは想像力の欠如によるものかなと思います。
多面的な考え方ができないというか、読解力が無いというか。しかもこれって、読書量が減っている(少なくても紙媒体の書籍の売り上げは減少しているので)につながるでしょうな。少なくても小説はいろいろなことを想像しながら読まんと話が理解できんのじゃけど、それって書かれている文字から読み取るしかありません。
これって文字の数が違うだけでTwitterの構造と似とるんよね。そう考えると、読書するメリットも一個だけ明確になりましたわ。

常日頃から「自分のアタマで考えよう」と提唱されているちきりんさんですが、こういう風に世の中のことについて疑問を持ち、それに対して仮説立てて根拠を揃えることが大事だということを改めて感じました。
今の世の中は情報が溢れとって調べればすぐ答えが出てくるんじゃけど、それでは想像力が養われんくて、しょうもないことでもいいけぇ自分で考えることが大事ですな。
思い起こせば子どもの頃は「なんで?なんで?」と聞くことが日常じゃったけど、大人になってからはそれが無くなったね(苦笑)
悔い改めます。

なのでたちまちはインターネットを使わずにRPGをクリアすることから始めようと思います。


・・・違うか。


わっしょい(・∀・)ノ

そんなこんなで今日は
Yukiyanagi 雪柳~We're watching you~/Micro

ラジオで聞いたんかな、きっかけを覚えとらんけど印象に残った唄でした。
「ガンバらなくてもいいんだよ ありのままの君でいるなら」
この時代の冬によく響く歌詞じゃなぁ。

めっちゃええやんず/2020 奉月

どまつり2020(テレどまつり)の映像を見ました。

楽曲も鈴鹿の名所が散りばめられていて非常に良かったので、映像でもその場所を見たかったなというのが本音ですね。
チーム自体は歴史もありますし、子どもたちも踊るファミリーチームなので、そういった意味でも鈴鹿各地で子どもたちが踊るような作品の方が良かったかなという印象でした。

『オフィスの効率化ファイリング/長野ゆか』

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資料の電子化に努めて紙資料を極力減らそうと思っているのですが、それでも紙が溜まってしまいます。著書に書かれているように垂直に立てて保管すればいいのですが、それも半分くらいしかできていないので、ここから始めないといけないですね。

職場では簿冊式のファイルを使っているので個別ファイルに移行する労力が大きいのですが、個別ファイルを使用して一年経ったら簿冊型に正式書類だけ移すのでもいいのかもしれません。


また基本的なことで言えば「8割収納」。
本棚や引き出しの8割はわかるのですが、ファイルの8割はあまり意識をしたことが無かったですね。少しゆとりをもったファイリングができればと思います。

あとは紙データの保存期間を決めるというのもシンプルでいいですね。

なかなかできていないのですが、時代が早く移り変わるようになった現代では過去の書類がまったく役に立たないことも多数あります。
整理術もそうですがトライアル&エラーを繰り返しながら、最適解に近づけるしかないでしょうね。そこまで目新しい内容は無かったですが、自戒という意味でもこういった情報は定期的に収集すべきだなと改めて思いました。

そして、自分なりのルールを明確にすべきですね。

転校の話

電車と掛けまして、商工会と解きます。
その心は、『どちらも快速(会則)があります。』
こんばんは。


わしの両親は転勤族では無かったので生まれてから高校を卒業するまで一か所で生活し、大学から社会人まで10年間外に出た後にUターンで地元に戻ってきました。
一方で嫁さんは転勤族じゃったので、子どもの頃は何回も転校を経験したそうですわ。
わし自身が転校したことが無いけぇその辛さはわからんのじゃけど、子どもからすれば友達もおらんような知らん土地で生活するなんて不安以外の何物でもないわな。
例えば縄文人が明日から明治時代で生活しろと言われたら、不安で不安で起こせた火も起こせんようになるんじゃないかと思いますわ。
今でこそ単身赴任っちゅう選択肢が結構浸透してきたけど、残された方も負担になるし、家族一緒に生活した方がいいんじゃろうけど、そこに待ったをかけるんが転校の二文字なんじゃろうね。

天候は気になるし、天功はミステリアスじゃし、転校は心理的負担が大きい。

ここにたどり着くんじゃないかと思いますね。

さて前フリが長くなったけど、劇場版ちびまる子ちゃんの作品に「大野くんと杉山くん」という作品があるんです。
まる子のクラスのリーダー格である2人は腕っぷしも強いんじゃけど人情味もあるコンビ。息もぴったりだったんじゃけど、運動会の時にひょんなことから大ゲンカをして二人の仲が崩れてしまうんですわ。
その後、合唱コンクールで大野くんが独唱するときに声が出なくなるっちゅう大ピンチを迎えるも杉山くんがフォローして仲直り。
再び名コンビになった二人じゃけど、今度は大野くんが東京の学校に転校することになって、再び間に亀裂が入るんですね。

ところが、大野くんを送る会で杉山くんが大野くんを誘って船乗りに扮した出航の劇をやり、大野くんもともだちの歌で返すという名シーンを経て、2人の友情は強固になりました。
子どもの頃の転校って同じ市内の移動だけでも結構な距離じゃと思うとって、それが静岡から東京の移動となると、もはや2度と会えないんじゃないかと思えるレベルじゃと思うんじゃけど、それをグッと受け止めた大野くんと杉山くんは相当大人じゃったわ。

ちびまる子ちゃんの映画は他にも「わたしの好きな歌」も「イタリアから来た少年」も名作なんじゃけど、この「大野くんと杉山くん」が一番の名作じゃと思うなぁ。

ラストの大野くんが「ともだちの歌」を歌っているシーンは涙腺崩壊ですわ。


そんなことをふと思い出して映画が見たくなったんじゃけど、ちびまる子ちゃんって今年で原作35周年なんじゃね。
もはやサザエさんドラえもんと並ぶレベルじゃなぁ。


わっしょい(・∀・)ノ


そんなこんなで今日は
草原のマルコ/大杉久美子

まるこ違いでこちらは「母を訪ねて三千里」の主題歌ですわ。
「かあさんのいるあの空の下 はるかな北をめざせ」
ここのパートがカッコいいんよな。