どちらかと言えば、つぶあん派です。

はじめまして、よっさんと申します。1982年、広島県生まれ。「あひるの空」とゆずの「夏色」とチキン南蛮を愛する一児の父。瀬戸内を盛り上げるために日々奮闘するも、泳げないのがタマニキズです。

卒業の話

ランチョンマットと掛けまして、ピアノと解きます。
その心は、『どちらも引いて(弾いて)使います。』
こんばんは。


タイトルこそ「卒業」ですが我が家では卒業式を迎える人は特にいません。
個人的に何かを辞めることはあるかもしれんけど、尾崎豊さんが歌っているような支配からの卒業はまだまだ遠い未来のことですわ(苦笑)
そんな中で何で「卒業」を取り上げたかっちゅうと、ある法則を見つけたんですね。
それがこれ! 

枕詞に『三月の』を付けるとなんでも卒業ソングに聞こえる。

これ、小説家や音楽家など言葉を扱う仕事をしようる人にとっては鉄板かもしれんけど、結構使えるんじゃなかろうかと思っています。

食べ物系でなんでもいいんじゃけど例えば「三月の餃子」。
四月からは進学して上京するので母親の手作り餃子も食べられなくなる。なので上京前日に作ってくれた餃子を食べていると、これまでの感謝の気持ちがこみ上げてきて涙。

みたいな。

他にも当たり前の組み合わせでも敢えてつけることで意味深な感じになります。「三月の桜」とか。
三月に桜が咲くことって珍しいことでもないんじゃけど、それでもあえて「三月の桜」って言いきることで「何か意味があるんじゃないか?」と思わせるような感じになるなぁ。

反対に時期をズラしても意味深に聞こえるよ。
「三月のラジオ体操」とか「三月のモンブラン」とか「三月のサンタクロース」とか。
本来はそれぞれ夏・秋・冬のイメージがある言葉じゃけど、その枕詞に「三月」を付けることで物語性がグッと増すような気がする。特に「三月のサンタクロース」なんかはタイトルだけで何か書けそうじゃしw

ほんで恋愛系。
「三月の恋」とか「三月の再開」とか「三月の告白」とか雰囲気爆上がりじゃな。

でもここまで書いて気が付きました。あんまり卒業のイメージが付かん(苦笑)
ここまで書いて違うんかい!とツッコまれそうじゃけど、それでもイメージが付かんし。どっちかいうと成長の方に近いかもしれんな。
そう考えると三月は出会いや別れ、卒業やスタートよりも、自分自身の成長を図るのにいい時期なのかもしれんね。

わし自身が1年前の三月から成長したかって言われると、顔が赤くなるくらい成長しとらんと思うけど何かを始めるにはこれまでを振り返らんといけんけぇなぁ。
今年度もあと1か月。三月は去るとよく言われるけど去る前に自分自身を振り返ってみようと思いますわ。

ちなみに一年前の3月には歌謡曲ファミコンの8bitにアレンジしたら面白いという謎の日記を書いていましたw
そこから考えたら少しは成長できているのかもしれません。


わっしょい(・∀・)ノ


そんなこんなで今日は
ずっと/憧憬と傘

広島の若い子たちが頑張っていると元気をもらえますな。
「つまらない話でいい 君のことが知りたいから」
素の部分を知りたいということなんじゃけど、いい表現じゃね。