どちらかと言えば、つぶあん派です。

はじめまして、よっさんと申します。1982年、広島県生まれ。「あひるの空」とゆずの「夏色」とチキン南蛮を愛する一児の父。瀬戸内を盛り上げるために日々奮闘するも、泳げないのがタマニキズです。

【鬼はそと、福はうち】

12月に入り、街も次第に慌ただしくなってきた。来年は東京でオリンピックが行われることもあって、街全体がそわそわしているような気がする。仕事帰りのコウタも他人事ではなく、あまり意識はしていないが年末年始に向けてどこかワクワクするような心境がしていた。

晩酌用のお酒を買うために帰り道にあるスーパーに立ち寄ると、併設している宝くじ売り場が目に入った。別に新しく造られたものではなく普段も目にしているのだが、今日に限って気になったのは12月特有の空気感と大安と書かれたのぼりのせいなのかもしれない。

年末ジャンボか・・。

賭け事にはあまり興味がなく、宝くじを買った記憶もほとんどない。しかし、コウタの足は宝くじ売り場に向かっていた。

「いらっしゃいませ。」と言ったのはコウタよりも少し若いであろう女性。

へぇ、何か意外だな。もっと年配の人が売ってそうなイメージじゃけど。そう思いながらもコウタは女性に言った。

「えっと、年末ジャンボを一枚ください。」
「はい、ありがとうございます。ナンバーは選ばれますか?」
「いや、お任せします。」
「はい、ではこちら年末ジャンボ宝くじ一枚ですね。300円になります。」

コウタは財布の中を覗くとちょうど百円玉が三枚あり、それを女性に渡した。

「はい、300円ちょうどですね。ありがとうございます。当たりますように」

女性は窓口に置いてある招き猫に宝くじを付けた後にコウタに渡した。コウタは宝くじを財布に入れて、スーパーの中に入った。
いつもどおりビールを取ろうと手を伸ばしたときに、宝くじ売り場のやりとりを思い出して財布を開いた。

あー、やっぱなぁ・・。

小銭を見るとさっき買った宝くじのせいで、ビールを買うほどの小銭がない。あいにくお札も新札の一万円札しかなく、ビールのために新札かつ一万円札を崩すのも抵抗がある。
コウタは迷った挙句にビールを買うのをやめ、そのまま何も買わずにスーパーを出た。
外に出ると宝くじ売り場にはシャッターが下りており、既に営業を終了していた。


年末年始の休みが終わり、コウタも仕事が再開した。今年はいつもよりも暖冬らしく朝に布団から出られなくて困ることは無いがさすがに長期休みのあとの仕事はしんどい。
普段は残業もするコウタも仕事はじめからの一週間はなるべく早く帰るようにしていた。この日も少し早く帰り、ビールを飲みながら何となく小説を読んでいたが、ふと宝くじのことを思い出した。

そういや、宝くじはどうじゃったんじゃろ? 当たったんかな。

スマホで調べてみると確かに年末宝くじの当選発表が行われており、1等の番号から順番にアップされている。コウタは引き出しの中から宝くじを取り出し、スマホに表示されている番号と照らし合わせた。

まぁ、一枚じゃしそんな簡単には当たらんわな。とっとっと、ん!? 当たっとるじゃん!

スマホの画面をスクロールする指が止まった。
止まった画面に映っていたのは3億円の番号・・・ではなく、1万円の番号。

1万円か・・・、でもバカにできんな。美味い酒でも買うかな。

少しだけ気分が上がったコウタはビールをもう一本開けることにし、小説「笑う招き猫」を机の上において冷蔵庫にビールを取りに行った。


土曜日の午前中、仕事が休みのコウタがスーパーの宝くじ売り場に当たりくじの換金に行くと、その売り場には前に宝くじを買いに来た時に座っていた女性がいた。

「換金お願いします。」
「はい。あっ、この間はありがとうございました。当たったんですね、おめでとうございます。」
「あっいや、1万円ですけどね。それより僕のこと覚えてくれているんですか。」
「ええ。ここの売り場は若い男性が買いに来ることはあまりなくて、それで顔は覚えていました。はい、1万円になりますね。」
「へー、そうなんですね。ありがとうございます。」
「いいえ、今年一年いい年になりそうですね。」

にこりと笑う彼女の笑顔にコウタはドキッとしてしまい、思わず言ってしまった。

「あのう、良かったら今日お仕事終わった後に飲みに行きませんか? お金はこのお金から出しますので。」
「えっ、でも・・そんな。」
突然の誘いに当然ながら女性は戸惑った。その顔を見て、思わず声をかけてしまったコウタも恥ずかしくなり、顔が真っ赤になってしまった。

「そうですよね、あまり面識がないのにいきなり誘われても困りますよね。」
「いや、そういう訳じゃないんですけど、せっかく当たったのに私なんかに使うのももったいないですよ。」
「いや、それは全然いいです。福のおすそ分けをさせてください。」

女性は少しうつむいて考えた後に、顔を上げて微笑んだ。

「わかりました。よろしくお願いします。」
「あ、ありがとうございます。じゃあええっと・・・」
「18時には終わりますので終わったら連絡しますね。」

2人は連絡先を交換して別れた。思わず声をかけてしまったがコウタにとって見知らぬ女性に声をかけることは初めてで、改めて売り場に他のお客さんがいなくて良かったと思った。


「智福(ちさち)さんって珍しいお名前ですね。僕初めてお会いしました。」
「そうなんですよ、なかなか読み方が難しくて一回で正解する人はいませんね。」
「ですよね、その点僕なんてコウタだから、どう頑張っても間違えられることはないです。」
「あはは、でも名前なんて間違えられない方がいいじゃないですか。」

大衆的な居酒屋で二人の笑い声が響く。智福から連絡があったのは18時を10分ほど回った頃だった。コウタは清楚な彼女に合うようなオシャレなお店を予約しようかとも考えたが、彼女のことだ。1万円を越える料金だと気を使ってしまうだろうから、大衆的だけども雰囲気のいい居酒屋を選んだのだ。
幸いにも智福はお酒が好きで、かといって性格が変わったり記憶を無くしたりするタイプでもない。コウタにとっても気楽にお酒が飲める良き相手であった。

「でもいいんですか? 私、御馳走になっても?」
「いいですいいです。どうせ臨時収入なので。それに宝くじを買った日、あの日はくじを買ったせいでお金が無くなってビールも買うのを辞めたんです。」
「えっ、そうだったんですか。」
「ええ。あっ、お金が無いと言っても一万円札は持っていましたよ。それを崩したくなかっただけですので。」
「わかっていますよ。無一文だなんて思っていませんから。ふふふ」
「でも凄いですよえ。宝くじなんてほとんど買った記憶が無いのに、たまたま買ったらいきなり当たっちゃうんだもんな。智福さんは幸運の女神ですね。」
「そんな、女神だなんて言いすぎですよ!」

その後も二人は仕事の事や趣味の話で盛り上がった。
そして、不器用だけど誠実なコウタと物静かだけど芯のある智福が付き合い始めるまで、そう時間は掛からなかった。


「ふー。」

コウタは玄関の前で大きく息を吐いた。
コウタと智福が付き合い始めて1年後の2月3日、2人は智福の実家に来ていた。智福の両親に結婚の承諾を得るために。
冬にも関わらずコウタは脇の下から汗が噴き出ているのがわかった。男性が女性の家に結婚の挨拶を行く場面はテレビドラマなどで何回も見ているが、いざ実際に自分が行くとなると緊張が尋常ではない。

「大丈夫よ、私もいるから。じゃあ開けるね、ただいまー。」
「おかえりー。」

智福の母・晴香が迎えに出てきた。

「はじめまして。鬼塚と言います。」
「はじめまして。智福の母です。さぁどうぞ上がってください。お父さーん、鬼塚さんと智福が来たわよ。」
「あぁ。」

玄関の奥から聞こえた低い返事にコウタは少し身構えたが、意を決して靴を脱いだ。
リビングのドアを開けるとそこに座っているのは見るからにこわもての男性。それが智福の父・陽介だった。

「はじめまして、鬼塚です。」
「ああ、智福の父です。今日は遠いところすまなかったね。まぁ、座りなさい。」
「はい、失礼します。」

普通、娘の婚約者となると父親というものはその気が無くても、眉間にシワが入ってします。陽介も例外なくそうで、その表情を見たコウタの顔から血の気が引いていった。

(やっぱりお父さん怒っとるかな・・・?)
(大丈夫よ、たぶん。)
(たぶんって・・・。)

それからコウタが何か話題を振っても、陽介は「ああ。」とか「そうだな。」とか相槌を打つものの、それ以降は一向に会話が弾む気がしない。
いよいよコウタも万策尽きてきたその時に、陽介が話始めた。

「コウタくん、お腹は空いていないか?」
「えっ?」
「良かったらうちでご飯を食べて行かないか? お酒も飲めるんだろ?」
「あっ、はい。ではいただきます。」
「わかった。おーい。」
「はーい。」

陽介は晴香を呼んだ。リビングに入って来た晴香の手には料理の皿が乗っている。既にこうなることを見越して用意していたのだろう。それにしても「おーい。」と「はーい。」で会話が成り立つなんて、いい夫婦だなとコウタは思った瞬間、うっかり口元が緩んでしまった。

やべっ。

コウタはヒヤッとしたが幸いにも智福の父は見ていなかった。それよりも、食卓に並べた料理の数々見て、コウタの緩んだ緊張の糸が再び張り出した。

「今日は節分だろ? わしが言うのもなんだが、家内は料理上手でな。」

食卓に並んでいたのは、恵方巻イワシのマリネとフライ、大豆を使った煮物に豆腐の梅肉大葉添え、節分そばなど、見事に節分にちなんだ料理が並んでいた。

(智福、これって・・。)
(言ったわよ。確かに私、お母さんにコウタの嫌いな食べ物。)
(でもこれ、やっぱり食べないとマズいよな・・・?)
(うーん、まぁ無理しなくていいよ。)

「コウタくんはお酒も飲めるんだろ? ほら、ビールでいいか?」
「あっ、はい! ありがとうございます。」

陽介はコウタのグラスにビールを注いだ。

「おとうさんも。同じものでいいですか?」
「ああ、頼む。ありがとう。」
「えっ、お父さんいいの?」
「大丈夫だ。」

コウタは陽介のグラスにビールを注いだ。

「じゃあ、いただこう。」
「はい、いただきます。」

それから二人は食事をしながら会話を続けた。仕事の話に趣味の話、時には政治の話もした。幸いにもお酒が潤滑油となって陽介との会話も少しずつ弾むが、肝心の陽介のお酒は全然進んでいない。
一方、だいたいの物は好き嫌いなく食べることができるコウタにとって、青魚と豆腐は数少ない苦手な食べ物だった。しかし、コウタは避けることなく、マリネやフライ、豆腐も口に運んだ。

(ちょっと、大丈夫。無理しなくていいよ。)
(大丈夫だよ。せっかくお母さんが作ってくれたんだから。)

コウタは酔いに身を任せながら、妻となる女性の実家の宴席で出されたものには手を付けるように努めた。
そして、陽介の一杯目のグラスが空になったとき、陽介はしゃべりだした。

「実はコウタくんに謝らないといけないことがあるんだ。君が青魚や豆腐が苦手なことは智福から聞いて、私も妻をそれを知っていた。知っていてわざと出したんだ。」

陽介のゆっくりとした口調にコウタは思わず箸を置いた。

「娘も立派な大人だ。親と言えども娘が選んだ相手に対してとやかく言うものでもない。それに我が娘ながら、人を見る目はあると思っている。親バカだけどな。だから、娘が連れてきた君ならば無条件で結婚も認めようと思っていた。」
「お父さん・・・。」
「ただし、結婚というものは困難の積み重ねでもあって、お互いが好きということだけではやっていけないのも事実だ。時には喧嘩もするだろうし、お互いの嫌な面も見るだろう。その時にどうするのか。それを見極めたかったんだ。食事と言うものは人間の欲求だから、向き合ったときにその人の本性が出ると思っている。君は苦手なものも避けることなく食べた。それを見て私は確信したんだ。この男なら娘と何があってもやっていけるとな。嬉しかったなぁ」

陽介の口元が緩んだ。

「私は出されたものを全部食べてくれたから、それも嬉しかったけどね。」

晴香も相槌を打ちながら話した。

「それに今だから言えるが、娘の苗字が変わることについても何とも言えない気持ちになってな。君の苗字は鬼塚だろ? 婚姻届けを出して娘の苗字が鬼塚に変わるとすると、苗字に「鬼」、名前に「福」が入る。まぁ、辛いことも楽しいことも兼ね備えながら成長していくと考えればいいかと割り切ったけどな。ははは。」

陽介が笑顔を見せたことでコウタの肩に入っていた力も次第に抜けていった。

「コウタくん、改めてわしらからもお願いしたい。娘の智福の事をよろしく頼むよ。」
「よろしくね。」

その言葉にコウタは思わず小さく膝を打った。が、すぐにその手を戻した。
陽介と晴香が深々と頭を下げたのだ。自分よりも数十年も長く生きている人生の先輩が、今目の前で自分に向かって頭を下げている。コウタはその意味をしっかりと頭の中に焼き付けた。
そして、しゃべりだした。

「僕はまだまだ未熟者です。僕一人では智福さんを幸せにすることはできません。でも、智福さんとならそれができる。僕の名前は”幸せ“に”太い”と書いて”幸太(コウタ)”です。智福さんの字と合わせると「太き幸福を知る」という意味になります。だから、だから二人で一緒に歩みながら幸せを大きくしていきたいと思います。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」

幸太と智福も二人に向かって深々と頭を下げた。

「わかった。ようし、じゃあ食事を再開するか。おい、酒を持ってきてくれ!」
「はーい。」
「お父さん、大丈夫? お酒弱いんだからあんまり飲み過ぎちゃだめよ。」
「大丈夫だ。それに今日飲まなくていつ飲むんだ! あ、そうそう、幸太くん。わしは酒に弱くてな。だから美味しい酒もあまり知らないのだが、焼酎は大丈夫か?」
「はい、僕はお酒なら何でも行けますので大丈夫です。」
「よーし、じゃあどんどん飲んでくれよ。ちょうど珍しいお酒が手に入ったんだ。」

晴香が焼酎のセットを持ってリビングに帰ってきた。
それを見た幸太は笑顔が引きつった。

(なぁ智福。お父さんやっぱり怒ってない?)
(えー、そんなことないと思うよ。)
(だって、あれ・・)
(・・・、たまたまよ・・たぶん。)


晴香がリビングに運んできた焼酎セット。
出されたお酒は東京・八丈島の酒造会社”八丈興発”の銘酒「八丈鬼ごろし」だった。