四国は阿波の国の武将・三好元長。才能と人心掌握術を活かして公方府を樹立させ、機内支配体制を確立するために尽力した男が見たものとは・・・。主君との対立、家族、そして夢。歴史上あまり知られていない一人の男の物語が始まる。
恥ずかしながら三好元長という武将は知りませんでした。それなのに、作品に引き込まれてしまうのは天野さんの力量ですね。さすがです。
読んで感じた印象は現代の政治の世界と同じだということです。表ではニコニコ笑いながら裏では出し抜けを狙っていたり、主君や身内でも思想が違えば敵と同じであったり、現代でも垣間見える世界がありました。
また他の作品でもそうなのですが時代小説なのに読みやすく、かと言って表現が陳腐ではないので次はどうなる?次はどうなる?とどんどんページが進みましたね。
朝倉市の総大将である宗滴が元長を尋ねた時に、元長が発した「月が出てまいりましたな。温めた酒があります。月を眺めながら話しませぬか。」という言葉や、阿波に戻ると言った元長と足利義維が会話をした時の描写が秀逸ですね。
"かつて抱いた夢は、もっと澄んだ清らかなものだった。それが汚れて見えるようになったのは、その分だけ近づいたということだ。"
他にも、死ぬ間際に自分を討とうとする久一郎に対して名前を問うた柳本賢治であったり、久一郎の目の前で死んだ同じ忍びの凛に対する久一郎の心情表現も良かったですね。
"地獄も極楽も眉唾ものだが、生まれ変わりだけは信じてもいいと、久一郎は思った。"
また、次に続くような終わり方は天野さんの作品では珍しいような気もしますね。
久しぶりに読んだ作品も面白くて満足でした。