どちらかと言えば、つぶあん派です。

はじめまして、よっさんと申します。1982年、広島県生まれ。「あひるの空」とゆずの「夏色」とチキン南蛮を愛する一児の父。瀬戸内を盛り上げるために日々奮闘するも、泳げないのがタマニキズです。

いちご大福

華の金曜日と言えども、全員が全員早く帰れるわけでもない。ましてプレミアムフライデーという言葉など、端から存在しなかったかのようにすっかり忘れ去られているだろう。
大都市で働く晴香なら、なおのことである。毎日毎日残業の日々を過ごしており、この日も遅くまで仕事をしていた。

 

誰が言ったのだろうか。「働き方改革は理想論に過ぎない。」と。

 

それでも晴香は今日のノルマ分の仕事を終わらせて事務所を後にした。今から帰れば家に着く時に日が変わることは無いだろう。外に出ると例年よりも早く梅雨入りした気候のせいか、生ぬるい空気が顔に当たってくる。顔をしかめる晴香の前をビニール袋が逃げるように飛んでいった。

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

「三原ちゃーん、最近どうしたの? 三原ちゃんらしい切れ味のいいコピー、出ないねー。」
「すみません・・・。」

 

製菓業界で働いている三原晴香の仕事は新製品のキャッチコピーを考える広報部門。これまで幾度となくヒット商品のキャッチコピーを生み出してきた晴香だったが、ここにきていいコピーが浮かばずにいた。それを見かねて上司で課長の本郷が三原に声をかけたのだ。本郷は口こそ年に似合わず軽いが、仕事はできるし部下の面倒見もいいので、三原も本郷には信頼を寄せているのだ。

 

「いや、いいんだよ。コピーなんて出てくるときはたくさん出てくるし、出てこないときは全く出てこない。マヨネーズと一緒なんだから。ハハハハハ。」
「課長、本当にすみません。もうちょっと考えてみます。」

 

晴香はしょぼくれて本郷に言った。

 

「いや、あんまり煮詰まっても出てこないからねー。これどうぞ。」

 

そう言いながら本郷が差し出したのはペットボトルのお茶だった。

 

「課長、これは?」
「知ってるでしょ? は~いお茶。」
「ええ、よく飲んでいますけど・・・。」
「そのお茶作っている佐藤園ってさ、俳句を一般募集してお茶のラベルに載せているんだよねー。」
「ええ、私もよく読んでいますので。」

 

本郷の言葉の意図が分からないまま会話を続けていると、本郷は笑いながら言った。

 

「三原ちゃん、それに応募すること。」
「えっ?」
「俳句に応募するの。しかも入選して印刷されそうなやつをね。いい気分転換になるでしょ? でも何回も応募しちゃだめ。たくさん案を出してもいいけど、応募は一発勝負ね。仕事だって一発勝負なんだから。じゃあ、頑張ってね。」

 

本郷は手を振りながら振り返って歩いて行ってしまった。

 

「えっ、ちょっ、ちょっと課長ー!」

 

残された三原は訳が分からないまま立ちすくんでいた。手にはぬるくなったお茶を持ったまま。

 

◆◇◆◇◆◇

 

それからというもの三原は、は~いお茶に応募する俳句を考えた。もちろん日中は仕事があるので考えることはできず、作業をするのはすべて仕事を終えて家に帰ってからだ。

 

「はぁ、いくら考えてもいい案が浮かばない。さえないなぁ。何か甘いものでも食べようかな。」

 

晴香はスイーツを買おうと思い、いったん帰宅したものの再び外に出てコンビニに出かけることにした。コンビニの戦略とは大したもので、どんなに目当てのものがあったとしてもとりあえず店内をグルっと回らせるような商品配置になっている。晴香も一通り中をうろうろしていると、スイーツコーナーであるものが目に入り、足を止めた。

 

「ふーん、いちご大福かぁ。」

 

晴香の目に入ったのは何の変哲もない普通のいちご大福。特別に大きいわけでもなく、他にとりわけ特徴も無い、至ってシンプルないちご大福だった。しかし、晴香はそれを手に取り、買い物かごに入れた。

 

今日はこれにしようかな。

 

もともと洋菓子が好きな晴香にとって、いちご大福よりも魅力的な商品はいっぱいあるのだが、今日は何故か洋菓子以上にいちご大福が魅力的なもの見えたのだ。お茶も一緒にかごに入れ、晴香はレジへと向かった。
支払いをし、商品を受け取る。シャカシャカと音をたてるコンビニ袋がより一層疲れを増幅させた。

 


家に帰ったが独身の晴香にとって、おかえりと言ってくれる人はもちろんいない。ただ、そんな生活も長く続くと楽になるもので、晴香も別に気にしないのも事実だった。
とりあえず、部屋着に着替えて、テレビをつけ、ソファーに座った。土日が休みである晴香にとって金曜日の夜は至福の時間で、少しだけ夜更かしをするのがいつものことになっている。翌日が休みとなると、テレビを見ているうちに風呂に入るのがおっくうになってくるが、それはそれで翌朝に入ればいい。そう考えるとかなり気が楽だ。
しかし、最近は本郷から与えられた宿題をやらなければならない。

 

俳句を書くことだ。

 

一息ついてコンビニの袋から買ってきたいちご大福とお茶を机の上に出した。
テレビでは最近ドラマで見かける女優が笑福亭鶴瓶師匠とトークをしている。仕事が忙しい時はなかなかこの番組を見ることができないが、もともと晴香の母親が鶴瓶師匠のファンだったこともあり、鶴瓶師匠に昔から馴染みのある晴香はよくこの番組を見ていた。

 

いちご大福を食べながらテレビを見る。
肝心要のいちごは季節のせいか苦みの方が強いが、あんこに包まれているので、その苦味もさほど気にもならない。ものの数分でいちご大福を食べ終わり、お茶を二口三口と飲んで長い息を吐いた。

 

まるで仕事と宿題で体にたまった邪気を吐き出すかのように。

 

さらに一口お茶を飲んだところで、晴香はふと昔のことを思い出した。

 


そう言えば、いちご大福って・・・。

 


◆◇◆◇◆◇

 

「じゃあなー。」
「おう、カバン置いたら校庭に集合だぜ!」

 

元気な声が冬の青空の下に響き渡る。
授業が終わり、子どもたちは一斉に校舎の外に出て行った。2月という一年で最も寒い時期にも関わらず、男の子たちは、放課後にサッカーをする約束をしているのだ。プロサッカーリーグであるJリーグが開幕して以降、サッカーは野球と並んで人気のスポーツとなっていった。この小学校でも一緒だ。
そんな中で晴香は、ドキドキしながら掃除当番である横川陽介が帰ってくるのを待っていた。

 

「晴香、大丈夫? 私たちも一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫。でもちゃんと待っててね。」
「うん、わかった。じゃあ頑張ってね。横川くんも晴香には優しいから大丈夫だよー。」

 

友達の那帆と彩乃は一旦教室から出ていき、それと入れ違いで焼却炉にゴミを捨てに行っていた陽介達が帰って来た。

 

「じゃあなー陽介。」
「おう、また後でなー。」

 

陽介も荷物を片付けて帰ろうとしたので、晴香は勇気を振り絞って後ろから声をかけた。

 

「ねっ、ねぇ横川くん。」
「ん?何?」
「あのう、これ・・・いちご大福なんだけど良かったら・・・」

 

そういって晴香が紙袋を出した時、教室に向かってくる足音がした。

 

「わーすれもの、わすれものー♪」

 

陽介と同じ掃除当番で、先に帰ったはずの俊平が戻って来たのだ。

 

「あれー、陽介まだいたの? ん?三原も何してんの? 何それ? あっ、もしかして今日バレンタインだからチョコレートとか?」
「えっ!?」
「えっ!?」

 

クラスでもお調子者の俊平の言葉に真っ赤になる晴香と陽介。その時、陽介が言った。

 

「違う!違う! それより早く行こうぜ俊平!早くいかないとサッカーする時間が無くなっちゃうし。」
「いいけど、お前いいの?」
「いいからいいから!」

 

そういって、二人は駆け足で教室から出て行ってしまい、教室には晴香ひとりが残されてしまった。

 

受け取ってもらうことのなかった紙袋を持ったまま。

 


このバレンタインの件があってからというもの、晴香と陽介はどこかぎこちなくなった。あいさつや友達を交えての会話はあるものの、二人きりで話をする機会は無くなっていった。
そして、暫くしたある日の帰りの会で担任の瀬野先生がみんなに晴香のことを話した。

 

「今日はみなさんにお知らせがあります。実は三原さんがお父さんの仕事の都合により4月から別の学校に転校することになりました。」
「えっ、うそー!」
「晴香、本当なのー?」
「えー。」

 

子どもたちは思い思いの言葉をいい、中には泣き出す女子もいた。それでも晴香は気丈に振舞って、みんなの前に立って話をした。

 


「みんな黙っていてごめんね。転校することは年明けには決まっていたんだけど、口に出すとみんなが気をつかってもいけないし、何よりあたしが転校を認めたくなくって。今度の学校は大阪になるからなかなかみんなには会えないけど、あたしはこのクラスで良かったよ。遠足で山に登ったり、運動会のリレーで4組が1番になったり。音楽発表会も楽しかったなぁ。あと少しの時間だけど、残りの時間もみんなといい思い出が作りたいから変わらずに仲良くしてね。気づかいなんか無しだからね。」

 

晴香は涙をこらえながらも笑顔で、みんなの前で話をした。一人の少年が誰よりも強いまなざしで見つめていることに気づかずに。

 

結局、バレンタインの件があって以来、陽介とどう接すればいいのか分からなくなってしまった。時間が経てば経つほどそのタイミングは逃げていき、陽介とゆっくり話ができないまま、終業式を迎え、そして転校していった。

 


◆◇◆◇◆◇

 

ある日、いつもどおり仕事を終えて家に着いた晴香は、ポストの中にある郵便物を見つけた。差出人は株式会社佐藤園。

 

晴香は部屋で郵便物を開けて書類を読んだ。

 

ーーーーー

 

三原晴香様

 

平素より、は~いお茶並びに株式会社佐藤園の事業に御理解いただき、誠にありがとうございます。
また、この度は第十五回佐藤園は~いお茶新俳句大賞に御応募いただき、誠にありがとうございました。三原様の御応募いただきました作品は厳正なる審査の結果、一般の部Aの大賞となりました。ついては三原様の作品を10月からの弊社商品のラベルに掲載したいと考えておりますので、掲載を御承認いただける場合は別紙同意書に必要事項を御記入の上、8月31日までに返信用封筒にて御返送いただきますようよろしくお願いいたします。なお、掲載を御希望されない場合は返信の必要はございません。
今後とも株式会社佐藤園並びには~いお茶をよろしくお願い申し上げます。

 

株式会社佐藤園  代表取締役  奥田正二

 

ーーーーー

 

えっ、うそ・・・。

あまりに驚いて、晴香は机の上のお茶を零してしまった。

 


◆◇◆◇◆◇

 

佐藤園からの連絡以降、晴香の仕事は上手く回り出しはじめて忙しい日が続いた。晴香もいつもにもまして一生懸命仕事に取組み、今まで以上に精度を高めてこなしていった。この金曜日もこれまで以上に家に帰る時間が遅くなり、家に帰ってテレビをつけた時には鶴瓶師匠の番組は終わっていた。しょうがなく変えたチャンネルでは探偵と称した芸能人が視聴者からの依頼でロケに出かける番組が流れている。しかしその番組も既に2人目の探偵が依頼を解決しようとしていた。

 

そしてその時は、その番組からまさか連絡が来るとは思ってもみなかった。

 


ある日、晴香の携帯が鳴った。画面に出ているのは知らない番号。しかし、仕事において外部のやりとりについても晴香は自分の携帯を使っているので、特に気にかけることも無く電話に出た。

 

「突然のお電話で申し訳ございません。わたくし株式会社佐藤園広報部の糸崎と申します。三原様の携帯で間違いないでしょうか。」
「あっ、はい。そうですが。」
「突然のお電話で申し上げございません。今お時間大丈夫ですか。」
「はい。」
「先日は、は~いお茶の新俳句大賞に御応募いただき誠にありがとうございます。また御入選おめでとうございます。実はその俳句の関係でお電話いたしました。三原様は夕日放送の探偵!ナイツスクープ!というテレビ番組を御存知でしょうか。」
「ああ、あまり見たことはありませんが知っているのは知っています。それがどうかしたのですか。」
「実はその夕日放送様から御連絡がありまして。三原様のいちご大福の俳句を見て、一度お会いしたいという男性がいらっしゃり、夕日放送様経由で御連絡がありました。」
「えっ!?」
「男性のお名前は横川陽介様といわれるらしく、御年齢は32歳とのことです。」
「横川・・陽介?」
「個人情報のこともありますので、弊社の方から三原様に確認をして、お会いすることについて問題が無ければ夕日放送様にその旨を御連絡をいたしますがどうされますでしょうか。」
「ちょ、ちょっと考えてもいいですか。」
「もちろんです。またお考えが固まりましたらこの電話番号までご連絡ください。」
「分かりました。」
「それでは失礼いたします。」

 

佐藤園からの電話のあと、晴香は横川陽介という名前を繰り返しつぶやいた。
しかし記憶がつながるまで、そう時間は掛からなかった。
そして翌日、晴香は糸崎に出演承諾の連絡を入れた。

 


◆◇◆◇◆◇

 

待ち合わせ場所に着いた晴香。番組のスタッフからの指示は横川陽介と名乗る男性は遠くから歩いて来るので、それまで後ろを向いておいてほしい。横川が声を掛けたら振り返って、そこからは自由にトークをしてほしいというものだった。

 

そして、横川が到着したことを告げられ、撮影がスタートした。
背中に感じる気配に高まる鼓動と流れる汗。

 

三原さん。

 

声を掛けられ、振り向くと目の前1.5mのところに優しい顔をした大人の男性が立っていたが、どこかに垣間見る面影は晴香の記憶の中にかすかに残る小学生の頃の陽介のものと同じだった。

 

「お久しぶりです。」
「こちらこそお久しぶりです。」

 

晴香は笑顔のまま返した。緊張した陽介の顔は小学生の頃の彼と変わらないものだった。
その顔を見て晴香の緊張は一気に解けた。

 

「あのう、あの時はすみませんでした。きちんと謝ることもできないまま転校になってしまって・・・。」
「結構ショックでしたよ、小学生の私には。ふふふ。でもありがとうございます。こうしてお会いしたいといってくれて嬉しかったです。」
「実は当時、僕はあなたのことが好きでした。だから尚更・・・。もし良かったらこれからも当時の昔話をしませんか。」
「はい。私も横川くんと懐かしい話がしたいですね。」

 


◆◇◆◇◆◇

 

2月のよく晴れた青空の下、公園のベンチに老夫婦が長年連れ添った二人にしか出せない雰囲気が出しながらお茶を楽しんでいる。

 

お茶菓子のいちご大福を楽しみながら。

 


◆◇◆◇◆◇

 

かつて、晴香は陽介に聞かれたことがある。

 

「あの時、どうしてチョコレートじゃなくていちご大福だったの?」

 


晴香は答えた。

 

 

「一期一会って言葉があるじゃない?一生に一度だけの機会っていう。私、転校するのが分かっていたからなおさら陽ちゃんとの巡り合った機会を大事にしたくて。だから、この想いがいつか大きな(幸)福になるように願いを込めていちご大福にしたの。一期大福、いいでしょ?」

 


しゃべり終わって笑った晴香を見る陽介の顔は、一瞬驚きを見せたがすぐに笑顔になった。